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シンポジウム

◆公開シンポジウム
「祭り・芸能をめぐる現代的課題」

趣旨
 日本民俗学は、民俗の現場から課題を立上げ、その課題についての伝承実態とその仕組み、各地
の比較研究に基づく地域差やその事象の歴史的推移・変遷などを明らかにしてきた。そこには社会・
文化の推移のなかで、「民俗」とは何かという根源的な課題も存在するが、研究の目的については、
現代もこれをもち続けている。
 研究の基本は民俗の現場にあることから、今回のシンポジウムでは各地でその継承への取り組み
が行われている祭り・芸能に焦点をあて、その現場がどのような課題を抱えているのか、論点の所
在を明らかにすることを目的としたい。このことは一方では、現代社会が抱えている諸課題が、そ
の祭り・芸能に映し出されているともいえる。たとえば従来、その斎行者が男性だけに限定されて
いた祭り・芸能において、女性参加を認めたり、促進したりしようという動きは、男女が自らの意
思によって参画できる社会の実現、ジェンダー差の解消など現代社会が求める社会像の実現希求が
映し出されているということができる。
 祭り・芸能の現場には、このように当事者が内部から今後の継承等にむけた取り組みと、社会状
況の反映による取り組み課題がいくつもあることが予測でき、シンポジウムではこうした動向を研
究論点として確認し、提示したい。
 今回提示する論点として以下の3課題を設定した。
 1つ目の課題は「祭り・芸能への女性の参加」という視点である。少子高齢化が進むなかで、従
来は参画できなかった女性の祭り・芸能への参加によって継承を図ろうとする動きは全国各地にあ
る。これは歴史過程で形成された女人禁制という制度の検証を踏まえる必要があるが、今回は祭り・
芸能の現場からの提起ということで、こうした動きがある地域の実情を報告してもらい、課題とし
ての論点を整理したいと考えている。これは、後継者確保だけでなく、現代社会の課題が映し出さ
れている動向でもある。
 2つ目の課題は「祭り・芸能における子ども祭りの創出」という視点である。祭り・芸能におい
て子どもが何らかの役割を果たすことは古くから多く見られるが、これとは別に、たとえば「子ど
も神輿」のように、子どもに特化した内容を創出している例は少なくない。宮崎県の椎葉神楽や諸
塚神楽などにおいては、子どもたちだけで舞う演目が特別に用意され、祭りの場に奉納されている。
各地の山車祭りにおいても、従来はなかった子ども山車がつくられ、実際に引き回されている例も
ある。
 3つ目の課題は「祭り・芸能とツーリズム」の視点である。祭り・芸能は、こうした視点にもと
づいた文化資源化、就中観光資源としての位置づけが各地で行われている。このことは近年だけの
ことではないが、特に近年の文化財の活用という施策の一環で観光との結びつけが加速し、祭り・
芸能のメディア公開なども活発化している。民俗学においても、たとえば『旅と伝説』などは、学
術誌としての内容をもつ一方、ツーリズムの促進の渦中にあった雑誌であったといえよう。
 本シンポジウムにおいては、こうした論点を提案することで、祭り・芸能をめぐる現代的課題を
提示し、現代民俗学が祭り・芸能と関わるべき視点の深化を念頭に議論を進めたい。


コーディネーター
⼩林 稔(千葉県/國學院⼤學観光まちづくり学部教授)
鈴⽊明⼦(東京都/國學院⼤學⽂学部兼任講師)
⼋⽊橋伸浩(東京都/⽟川⼤学名誉教授)

パネリスト
櫻井弘⼈(⻑野県/國學院⼤學⽂学部兼任講師)
 報告タイトル「南信州における女性参加の実情と課題」
⽯垣 悟(千葉県/國學院⼤學観光まちづくり学部准教授)
 報告タイトル「祭りのなかの『子どもの祭り』」
⽮島妙⼦(東京都/明治⼤学 法と社会科学研究所 客員研究員)
 報告タイトル「祭り・イベント・芸能とツーリズム」

コメンテーター
須永 敬(福岡県/九州産業⼤学国際⽂化学部教授)
関沢まゆみ(神奈川県/国⽴歴史⺠俗博物館教授)
⼋⽊ 透(京都府/佛教⼤学歴史学部教授)


南信州における女性参加の実情と課題
櫻井弘⼈(長野県/國學院⼤學文学部兼任講師)

1.はじめに
 今回の発表では、南信州(長野県南端、飯田・下伊那地方を中心とした伊那谷南部)における女性参加の実情を報告し、その課題について考えたい。
 当地方は、「民俗芸能の宝庫」と称されるように、霜月神楽やオコナイ、盆の風流踊りといった近世初期以前にさかのぼる宗教色の強い民俗芸能や、人形芝居や歌舞伎、獅子舞、そして煙火といった近世中期以降の娯楽色の強い芸能など、多種多様な民俗芸能が濃密に伝承されている。先の近世初期以前の神事芸能はもちろん、後者の近世中期以降の娯楽芸能であっても、基本的に男性によって担われてきた。とくに前者の霜月神楽やオコナイにおいてはブク(死喪)や四つ足(肉食)禁忌などとともに女性の参加を厳しく避けてきた。しかし、近年になって一部に女性の参加がみられる。以下の9つの事例を取り上げて、その実情を紹介する。
 ①坂部の冬祭、②向方のお潔め祭、③④遠山の霜月祭(以上、霜月神楽)、⑤新野の雪祭(オコナイ)、⑥下山の獅子舞、⑦飯沼諏訪神社の獅子舞、⑧下清内路の手づくり煙火、⑨黒田人形。あわせて、愛知県東栄町御園の花祭(霜月神楽)の事例にも触れる。

2.女性参加の実情と要因
 女性参加の事例は確かにあるが、いまだ多くは男性のみで担われている。女性の関与は賄いなど芸能以外が多く、芸能への参加は、人形芝居や歌舞伎などの舞台芸能(⑨)をのぞけば、笛の演奏などに限られる(⑤⑥⑦)。とくに神事に加わったり面を着けたり獅子頭を扱うなどは、いまだ男性によって担われる(①③④)。例外として女性が湯立や舞(①)さらに面形舞に参加する事例(④)があるが、ともに神職の有資格者であるなど特殊な例といえる。
 そうしたなか、地域内での女性参加の契機として、後継者育成をめざす芸能保存団体による子どもへの継承事業(③⑤⑥⑨)と、学校教育のなかで地域文化の学習として取り組み(③⑤)がある。いずれも、女児・女生徒も含めた形で展開された。なかには、本祭りにおいても“余興”的な扱いとして女生徒の参加を認めるところが出てきた(③)。これにより、子どもの参加を見守り付きそうPTA、とくに母親の関心と参加意欲の高まりがあり、周囲の男性の抵抗も弱まってきたようである。
 一方、都市で生まれ育った女性たちの中にも、地域でおこなわれる伝統文化に関心を寄せる者が現れ、後継者不足を補うためにその参加を受け入れたところがある(②)。

3.女性参加の課題と今後
 女性参加をめぐる課題としては、⑴神事性の担保(継承)をどうするか、⑵従来からの方式の保持とその変革、⑶後継者確保、⑷芸能の技量の維持、⑸芸能内容(分担)に対する男女の適応度、⑹参加者層の拡大による賑わいの創出、などがある。⑴⑵は世代間格差が大きく、⑶は地区による柔軟度差があり(⑴⑵とも関連する。歴史的にみても女性参加を忌むようになったのはそれほど古いことではなく、その理由とされた血の穢れという意識も現在ではほとんど意識されてはいない。多くは⑵の問題である。現在、女性参加を受け入れているところは⑶⑹の理由による。また、笛の演奏が多いのも⑸の理由、すなわち若い女性の方が技能の習得が早い傾向がある点が影響していよう。
 日本全国の例にもれず、南信州でも人口減少が進んで地域社会そのもの存続が危ぶまれるようになるなか、民俗芸能は地域住民の絆を深め、他との交流もうながし、地域のアイデンティティの一つの核ともなり得る。伝統を崩さずに守り抜くという気概が大きな力になる一方、女性参加による域全体に盛り上がるメリットは決して小さいとはいえないだろう。しかし、実際に女性参加をどうするかは当事者が決めることなので、研究者としては、共通理解として把握できた各地の実情の情報を提供することが求められるのではなかろうか。

 

祭りのなかの「子どもの祭り」
石垣 悟(千葉県/國學院⼤學観光まちづくり学部准教授)

 ここで話題とするのは、大人 が主体となって行っている「通常」の祭り・芸能と並行しつつも(あ
るいここで話題とするのは、大人 が主体となって行っている「通常」の祭り・芸能と並行しつつも(あるいはそこに含まれつつも)、同時にそれとは別に子どもが主体となって行っている祭り・芸能である。各地の祭り・芸能を見ていくと、こうした事例は意外に多い。そのルーツは、大きく2つある。1つは、幕末から明治・大正に祭り・芸能の規模を大きくする中で、古いもの/小さいものを子ども用に「払い下げた」パターンである。もう1つは、明治以降、特に戦後、何らかの意図をもって子ども主体の祭り・芸能を作ったパターンである。両者はルーツを異にするが、どちらも「通常」の祭り・芸能と並行しながら行われている。にもかかわらず、これまで「通常」の付属(あるいは「本体」に対する「紛い物」)としてあまり注目されてこなかった。ここでは、このような子どもが主体となるミニバージョンの祭り・芸能を「ミニ祭り」と呼ぶこととし、話題の中心に据えてみたい。
 取り上げる事例は、静岡県掛川市横須賀(旧大須賀町)で行われる春と秋の祭礼である。横須賀の総鎮守ともいうべき三熊野神社の毎年4月の春祭りでは、江戸時代後期より旧横須賀城下13町から大人 主体の祢里(ねり:山車のこと)が曳き出されてきた。これが「通常」である。と同時に各町内にある神社の秋祭りでは、子ども主体の祢里が曳き出される。その名も「ちい祢里」。その起源は詳らかではないが、戦前にはすでにみられたことがわかっており、物理的大きさを別とすれば、「通常」の祢里に引けを取らない本格的なものである。そのためか、横須賀周辺の集落には、大人 たちがこの「ちい祢里」を借用し、集落内の神社の秋祭りで曳きだすところもあった。
 ここでは、この決して子どもだましではない「ちい祢里」の出るミニ祭りの歴史と現状を整理し、そのうえで、子どもたちがミニ祭りを責任もって担うことが、「通常」の祭り・芸能にどのような影響を与えているのか、あるいは地域社会の中でどのような意味をもっているのか、といった点を考えてみたい。なお、現在、御多分に漏れず横須賀の各町内も少子化が進んでいる。従って、ミニ祭り自体の継続・継承も危機を迎えつつある。保護者などの協力によって継続・継承されている面も否定できない。そうした点にも留意しながら検討を行う。
 各地の祭り・芸能をつぶさにみていくと、実はミニ祭りはあちこちにある。しかし、従来の調査では祭り・芸能/文化財の「本体」ではないとして対象外とされるか、調査されても存在が記される程度であった。この点も課題として言及したい。

 

祭り・イベント・芸能とツーリズム
矢島妙子(東京都/明治⼤学 法と社会科学研究所 客員研究員)

 「祭り」は地域の活性化となり、それを目的の観光は、定住人口から交流人口、観光客をも引き込んでいる。しかし、昨今、日本は、人口減少や少子高齢化が顕著となり、「祭り」の中には、後継者の不在や不足、資金不足等に陥り、存続を危ぶまれるものも出てきた。
 沖縄久高島は沖縄本島の東南端にある離島で、琉球王府のある首里の東に位置することから、「ニライカナイ」の神々が最初に降り立つ島として神聖視されてきた。周囲8㎞、半農半漁の島で、年中行事も多い。「男は海人、女は神人」と言われる。人口は、かつては600人ほどいたが、今は200人ほどである。遊泳できる浜もあり、島独特の思想を感じながら自然も楽しめる。
 島では、「イラブー」というウミヘビの漁・燻製作りが行われている。イラブーは、海の向こうからもたらされたカミからの贈り物「ユイムン」とみなされている。よって、このウミヘビは毒を持っているが、道具は使わずに素手で捕まえる。イラブーの燻製は、かつては首里の王府に献上してきたもので、琉球王国消滅後も続けられた。元々は、久高ノロと呼ばれる、島最高の司祭主のひとり家の特権であった。後述の「イザイホー」の祭りが中断すると一度途絶えたが、その後、復活している。今では、他の住民や男性も関わる。イラブーの燻製は滋養の効果があるものとして、沖縄本土では高値で取り引きされている。観光客もイラブー漁・燻製作りを、制限はあるものの見ることができ、イラブー汁を味わうこともできる。
 「イザイホー」は、12年に一度の午年・旧暦の11月15日から4日間行われる儀式である。この島の30歳から70歳の女性は神事に関わる習わしがある。イザイホーは、来訪神を迎え、新しいナンチュ(神女)を神に認めてもらい、島から去る神々を送るもので、600年の歴史があると言われている。司祭主のノロのもとで、新しいナンチュの資格づけ、他の女性全員の更新儀礼の意味もある厳粛な神事である。祭りの前日には、村人総出で茂った木々を払って広場を作り、七つ屋という小屋を建て、屋根を葺く。白砂を撒き、クパの葉で小屋を目隠しする。女性たちは白い衣裳に身を包み、30歳から41歳までの女性は七つ屋に籠る。外では、他の女性たちによって、「神遊び」として、「ユクネーガミアシビ」(夕神遊び)「朱リキィアシビ」(朱づけ遊び)等の儀式が行われ、終盤には、村の成人男性と神女が向かい合ってアリクヤーと呼ばれる綱を揺らし合う。これは航海を意味している。イザイホー4日間の中で最も華やかなのは、「グキマーイ」(御家回い)で、極彩色の神扇を使って、唄い、踊る。あとは後片付け、祝宴、翌朝の終了祝いとなる。
 あくまでも神事で見せ物ではないからと、長い間、島外の人間には公開されていなかった。1966年には岡本太郎が取材に来るなど撮影も許され、記録に残すことが重要視され始めた。1978年も実施され、研究者や観光客も多く訪れたが、1990年には司祭主が高齢で実施できず、現在も司祭主が不在のため、実施できていない。つまり、今のところ、1978年を最後に途絶えてしまっているのである。このことに対して、「芸能」として復活させようとする動きもある。「祭り」のイベント化である。特殊なものなので、観光客の増加も見込める。イザイホーは来訪神信仰で、日本の祭祀の原型を留めていると考えられ、残しておきたいものである。民俗は変わるもので、存続するためには変化していく必要がある。ただ、厳粛な神事であったものをイベント化していいものかは疑問である。なお、本発表では、イラブー漁・燻製作りの様子と、1978年のイザイホーの様子の映像の上映(一部)を予定している。

更新履歴

  • 2024-05-31 ページ公開
  • 2024-05-31 参加申込、託児室・託児費⽤補助申込み開始
  • 2024-07-18 シンポジウムの報告タイトルを公開。研究発表要旨の受付を開始。書籍の販売・頒布と研究活動等情報提供の申込みを開始。託児室・託児費⽤補助申込み(継続)。その他、第2回サーキュラーに係る事項を更新。
  • 2024-10-02 シンポジウムの発表要旨の公開、研究発表について、その他、第3回サーキュラーに係る事項を更新。